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歴史

1950-2020

鳴尾の流儀とクラブライフ

プライベートクラブとしての会員制度

鳴尾ゴルフ倶楽部は、ゴルフに特化したプライベートクラブである。メンバーがお互いを認識、尊重し、ゴルフ以外の事柄をクラブに持ち込まず、好きなようにゴルフを愉しむことができる居心地の良い空間を作り上げ、100年間、その伝統を守り続けてきた。その背景のひとつには、独自の会員制度がある。なかでも法人会員をいっさい認めてこなかったことが、鳴尾のクラブライフの根幹をなすといっても過言ではない。真に鳴尾を愛するメンバーたちを集めてきたその会員制度は、どのように作られ、どのように守られてきたのだろうか。

法人会員制の不採用

鳴尾ゴルフ倶楽部には、なぜ法人のメンバーがいないのだろうか。
法人会員制のメリットは、頻繁に起こる法人代表者の交代による名義変更料がクラブに大きな収益をもたらすことである。クラブの経営を安定させるために、日本のほとんどのゴルフクラブが法人会員制を採用している。
鳴尾ゴルフ倶楽部においても、法人会員制の導入が、議案に上らなかったわけではない。戦後コース復興の際、新クラブハウス新築の時も資金調達の手段として、法人会員制は議論の対象となった。
バブル経済崩壊後の景気低迷、そして少子高齢化は、日本のゴルフクラブ経営にも大きな影を落とした。鳴尾もけっして例外ではなかった。
世界規模の金融危機をもたらした「リーマンショック」直後の2009(平成21)年から、2013年まで理事長を務めた宮武健次郎元理事長も、法人会員制の採用について、理事会などでたびたび議論を重ねたという。
「法人会員制を新設すれば経営的には楽になる。これは誰もが考えていたことでしょう。クラブは時代と共に変えていかなくてはならないものですが、変えてはいけないこともある。伝統、そしてクラブの本質は守らなくてはならない。辛抱しよう、という結論に至りました。プライベートクラブとして、社員全員でクラブを運営する鳴尾だからこそできた決断だったと思います」(宮武元理事長)
鳴尾ゴルフ倶楽部には「鳴尾の門を越えたら、みな平等」という不文律がある。これは、ゴルフ好きがゴルフをするために集まったクラブであるという、伝統であり、誇りでもある。
法人という1枚のフィルターが、クラブのメンバーを決定する要素として加わることを否定したのは、プライベートクラブとしての鳴尾の矜持だったのである。

譲渡不可

鳴尾の社員権は譲渡できない。日本のゴルフクラブにおいては数少ないこの非譲渡制度の原点となったのは、ゴルフの総本山と言われるセントアンドリュースのロイヤル&エインシェント・ゴルフクラブ(R&A)の定款をもとにして、初めての定款を作ったためであった。セントアンドリュースの定款には、会員権の譲渡可能の規定がなかったのである。
ただし、創立当初は、在留外国人のために譲渡が必要という事情があり、「譲渡期限をいついつまでとする」という規定を細則に設け、期限到来のたびに延長の変更をしてきた。
鳴尾の社員権が譲渡不可となったのは、第二次世界大戦末期の1944(昭和19)年12月31日のことである。1944年8月12日の理事会の決議で、「社員権譲渡期限は本年12月末日なるところ、これを延長変更の件を社員総会に提案すること。もし定数の賛成を得ることを能わざるときは1945年1月以降は譲渡権を喪失するものとする」が成立した結果である。 社員権の譲渡に終止符を打った理由を、40年史では以下のように総括している。

プライベートクラブとしての会員制度
1930年1月1日発行の会員証(表・裏)。5年以内であれば譲渡することが可能であることが明記されている

「当倶楽部の誇りとするものの一つに、当倶楽部が社員権の譲渡を認めないという、関西では唯一の鉄則がある。この鉄則を理由とするところは、せっかく懇意となった古い友人たちが、いつの間にか、社員権を譲渡して姿を消し、コースには顔も知らない新人が充満することになる。社員の交代が認められる結果、フェローシップを阻害すること甚大なり」
実際に、第二次世界大戦下においては、2クラブ以上に籍があれば、その一つを整理売却するゴルファーが続出。当時は細則により譲渡ができた鳴尾もその対象となった。結果、社員の交替によってメンバー間のフェローシップが薄れることが、顕著であったという。
1945年以降、会員権を譲渡不可とする英断があり、それを守り続けてきたことが、法人会員を認めなかったことと同様に、今日のプライベートクラブとしての根幹となったことは間違いないことであろう。

社員権の承継

譲渡だけではなく、無条件の承継ができないことも鳴尾の社員制度の特徴である。
鳴尾ゴルフ倶楽部では、設立当初より承継入社を認めてこなかったが、1976年(昭和51年)に社員の要望を受け、細則で「社員が死亡し、または年令満75才を超え且、在社25年に及ぶ社員にして、止むを得ざるを認めた事由によって退社したるとき」は例外として、承継入社を認めることとした。
しかし、その後、無条件に近い承継入社が問題となり、1982年に見直しが行われ、選考は一般入社と同様に扱うものと改定された。
承継入社が見直された背景は次のようなものである。
「先代が良きゴルファーであり非難の余地のない立派な社員であったにしても、その息子が同様だとは限らない。あの人の息子にしては何とお粗末な、という嘆声を発したくなる場合がなければ幸いである。退社する社員の指名又は社員死亡後の関係遺族の協議に際し、これによって決められた承継者が、一般申込者とあい伍して、同じスタートラインに立ち、そしてなお悠々とパスするようなそういう素質の人物であってほしいのである。(中略)そもそも鳴尾のような人間の集まり自体に基礎をおく社団法人において、既存のメンバーの意思が全く働かない間に、その意向如何に拘らず、もしくはそれを無視して、新たな人物が入りこむ(社員権の相続は正にその一例である)ことは、社団の本質に反する、といっても過言ではあるまい」(『1982年社報6号』より)
現在、承継制度は定款「社員等の位置づけ及び入社・社費に関する規程」の11条により、「理事会の承認を経てその社員資格を承継することができる」と明確化され、クラブの伝統や価値観を共有する社員(メンバー)を集めるための制度として有効に機能している。
実際、三代、四代と、世代をまたいで入会するファミリーは数多い。プレーはもちろん、時を経ても変わらぬコースやクラブの伝統を語り合い、世代を超えてクラブライフを愉しむ姿は、鳴尾の歴史を物語る象徴的な光景となっている。

承継社員の家族数
2021年4月現在の複数世代が社員として在籍する家族の数。世代をまたいで鳴尾ゴルフ倶楽部に入社(入会)する社員が、いかに多いかがわかる

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